【第3回】岐路に立つ日本の住宅・都市政策―空き家対策と自治体のコンパクトな街づくり

空き家対策としての新築住宅の規制や住宅を管理していく自治体レベルの対策について、不動産コンサルタントの長嶋修氏に聞いた。

更新日:2016年03月30日

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イエシルコラム編集部

株式会社リブセンス

IESHIL編集部

東京・神奈川・千葉・埼玉の中古マンション価格査定サイトIESHIL(イエシル)が運営。 イエシルには宅建士、FPなど有資格者のイエシルアドバイザーが所属。ネットで調べてわからないことも質問できるイエシル査定サービスを展開しています。

この記事の要点
  • 空き家対策で新築住宅の総量規制は必要なのか?
  • 新築住宅の経済効果は空き家対策コストを反映しておらず、2倍もない
  • 全国約300の自治体でコンパクト・シティ化の動きが始まる
  • これからは自治体での都市政策が住宅の資産価値を左右する
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不動産コンサルタント長嶋修氏にインタビュー

イエシル・コラムの創刊記念として、ホームインスペクションと呼ばれる「住宅の診断・検査」の実績で業界最多を誇る株式会社さくら事務所の創業者で不動産コンサルタントの長嶋修氏にインタビューを行った。

第3回目となる今回は、空き家対策としての新築住宅の規制や住宅を管理していく自治体レベルの対策について聞いた。

住宅の総量規制は必要か?

ㅡㅡ空き家対策として、新築住宅の総量規制について提唱されていますね。

長嶋氏:ヨーロッパの多くの国では住宅の総量規制を行っています。アメリカでも多くの州で行われています。先日、視察に行ったアメリカのシアトルには、「成長管理計画」というものがありました。「現在の世帯数はこれくらいあって、住宅数はこれくらいで、分布はこういうふうになっている。このデータを参考にして、今後5年~10年の間に何件の住宅をとり壊して、新たに何件の住宅を作ろう」という、いわば都市の成長管理計画です。

こうした計画は、シアトルのように都市レベルで行っている優秀な所もありますし、海外ではOECD(経済協力開発機構)に加盟している国はほとんど行っています。国が大雑把に網がけをして、あとは自治体レベルで決めていく、というスタイルです。

ドイツはさらに堅実で、家を建築できる区画があらかじめ決められています。「今年はこの区画の中で2戸新築を壊すので、2戸新築を建てていいですよ」といった形です。そのため、国民も新築住宅というものをほとんど当てにしていません。どうしても人口が増えてしまうといった場合に、「今回は150戸増やしましょう」というやり方を採っています。

シアトルの場合もそうです。現在、人口が急増していることから、あるエリアで山を切り開いて800ヘクタールの開発計画を立てていたのですが、市や郡の成長管理計画から見ると、大きすぎるということで、4分の1の200ヘクタールに縮小して許可が出ました。


立地や量を抑制することで、結果的に、今あるものを大事にするようになりますし、この中で回転させていこう、という機運が生まれるのです。本来、住宅数も需給の関係で成り立っているので、当たり前といえば当たり前の話なのですが。

新築住宅を見直す理由

ㅡㅡ日本の空き家対策では、今後どのようなことをすべきだと思いますか。

長嶋氏:新築住宅は、関連する産業で経済的な波及効果が約2倍あると言われています。現在は新築を1戸建てた場合、空き家対策費を計上しなければならないので、実際には2倍もあるわけがありません。経済産業省の産業連関表に基づいてデータを試算しているようですが、それを基に経済効果を測るのは、もうやめた方が良いと思います。

シンクタンクなどが、新規の住宅着工件数などから景気の先行きを判断するレポートを出していますが、かなり違和感があります。というのは、本当は現在ある中古住宅の価値が維持されることで生まれる資産効果があるのです。例えば築20年で3,000万の住宅を購入して、築40年となってもまだ3,000万円の価値があるとするならば、この場合はもう、金利の支払い分があったとしても絶対に購入した方が良いでしょう。

このような経済効果の研究は、他の国では当たり前のようにやっているのですが、今の日本の経済学ではほとんどないのが現状です。

全部の空き家を使うことはなく、壊した方が良い場合もあるので、選別が必要だと思います。その選別するに当たっては、まず、立地を決めないといけません。いわゆる立地適正化計画ですね。

各地で始まるコンパクト・シティ化

ㅡㅡ具体策としては、どのようなことが挙げられますか。

長嶋氏:昨年、都市再生特別措置法が改正されました。一言で言うと「街をコンパクトにしましょう」という対策です。これからはだだっ広い所には住んでいられないので、市街地の枠を思い切り狭めて、定められた枠の内側に住んでくれたら、例えば容積率を数倍にするとか、税制優遇をするなどです。

今年8月の段階で、全国で300ほどの地方自治体がこの策定に乗り出しています。これは地方に限らず、埼玉県の志木市や春日部市、千葉県の流山市や柏市など、都心から数十キロ圏内のベッドタウンも含まれています。これらの都市は、団塊の世代の人々が一度に入ってきた所です。こうした街は、自治体側が今後、人口が増えることのないことを理解しているため、こうした策定を行っています。

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【図・立地適性化計画策定】

自治体での人口予測と必要な面積のデータの出し方は非常に簡単で、世帯数の見通しは、国勢調査や人口問題研究所の予想を見れば、大体想像がつきます。

今後2040年、2050年に向かって、どれくらいの人口密度で暮らせば良いか、どれくらいの面積があれば良いのか。それさえ分かれば、あとは面積分の場所を決めるだけでよいのです。今年は、それを調べるための調査の1年でした。来年度中には場所を決めて、早ければ2017~2018年に、この線引きを公表する予定の所が多いです。

活かす街を決める

長嶋氏:空き家対策特別措置法では、自治体が空き家を取り壊してその費用を所有者に請求できるとされていますが、実際にはほとんどできないのが現実です。秋田県の大仙市では、自分たちで条例を定めて600万円の費用をかけて空き家を壊しましたが、回収できたのはわずか3万円でした。みんな払わないのです。ですから、空き家を取り壊すのは、結局は税金を使って行う覚悟が必要です。もちろん全てには対応できないので、メリハリを付けることが求められます。

言わば、「活かす街」と「活かさない街」を決めるのです。活かす街の空き家だけ対処すれば良いし、どんどん活用していけば良い。活かさない街の空き家を壊しても、意味がなくなります。金融機関も、適正化計画の枠の内側であれば融資するようになるでしょうし、役所も、例えば「枠の外側に住むのは自由だけれども、上下水道の修繕はできません」として、行政サービスは枠の内側に集中させるようになるのではないかと思います。

自治体の政策の中身が問われる

ㅡㅡ自治体での都市計画の中身が、住宅の資産価値を左右することになるということでしょうか。

長嶋氏:日本では、これまでは都市計画も建築も、上から下りてきたものに何となく従っていた状況ですが、今度、新たな法案が出されようとしています。シアトルなどと同じ方針で、市民が参加して議会で都市のマスタープランを作るという法案です。国が出している、非常に大雑把な都市計画法や建築基準法の上位に持っていく。これらの法律は最低限守ってもらい、これより厳しい基準は自分たちで決めていいですよ、という内容です。

これは、今年の夏ごろに議会に出す予定だと聞いていました。しかし、安保法案などの問題が起こったため延期になっています。最初は民主党が行っていたもので、都市計画の専門家も加わって作成したものです。意外と、自民党も反対しないだろうと考えているようです。

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【図・都市改革・都市計画制度等改革法(案)】

いずれにしても、海外のように自分たちの手で自分たちの住む街のことを決めていくという方向になるでしょう。先にお話しした「街をコンパクトにしましょう」という対策で、市街地の枠を絞る際に、枠の範囲をどうするか、枠の内側と外側でどうメリハリを付けるのか、という点です。それができない場合、だだっ広い土地に皆で住むことになり、上下水道などのインフラや行政の管理コストが上がるという問題が起きてしまいます。

東ドイツでは、過去にベルリンの壁が崩壊した後、東から西へと仕事を求めて若い人が流れていき、空き家が全体の30~50%もの割合になってしまいました。ですが、その後、対策をとって現在ではリーマンショック前より不動産価格が上がっている街もあります。その一方で、都市計画がうまくいかずに失敗している街もあります。

今後は日本でも、隣合った自治体で「A市はうまく市民と政治がまとまって良い状況が作れているが、隣のB市では関係者の利害が錯綜して全然まとまらない」という状況が起きると思います。都市もマンションの老朽化問題と同じで、うまく管理ができれば長持ちしますし、そうでなければ税金を上げないと運営していけず、皆が疲弊することになるでしょう。

少し前までは、これらは地方都市だけの問題でしたが、人口の推移を見れば、明らかにこれからは大都市の問題になってきます。これから2030年ごろまでは23区であれば何とか維持できますが、少し郊外に出れば、軒並みこのような事態になるでしょう。対策を考えなくて良いのは、埼玉県でいうと大宮駅周辺、千葉でいうと柏駅周辺や船橋駅周辺くらいだと思います。大阪でも中心部だけでしょう。実際に大阪の箕面市や高槻市では、話し合いをすでにスタートさせています。つまり、日本のほとんどあらゆる都市で検討すべき課題になっていくということです。

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不動産コンサルタント 長嶋修氏

株式会社さくら事務所 取締役会長。 1999年に業界初の個人向け不動産コンサルティング会社である、「不動産の達人 株式会社さくら事務所」を設立。以降、様々な活動を通して“第三者性を堅持した個人向け不動産コンサルタント”第一人者としての地位を築いた。国土交通省・経済産業省などの委員も歴任。

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