不動産コンサルタントの長嶋修氏にインタビューを行った。第1回は、日本の不動産業が、これからどのようになっていくのかを聞いた。
更新日:2015年12月10日
イエシルコラム編集部
株式会社リブセンス
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ㅡㅡ日本の不動産仲介業は、今後どのようになると思いますか。
長嶋氏:今後の日本の不動産仲介は、大きく2つの方向に分かれてゆくと思います。
1つは「エージェント型」です。専任の不動産エージェントが、お客様から仲介手数料を頂く代わりにあらゆる交渉事を引き受け、お客様の要望に親身に対応し、お客様の利益を最大化させることを目的として働くという形で、アメリカではこちらが主流です。もう1つは「ディスカウント型」、いわゆる手数料割引系のサービスです。従来の不動産仲介業にはなかったこのサービスを行う会社が、日本でも、ソニー不動産など何社か出てきています。
アメリカでは、レッドフィン(Redfin https://www.redfin.com/)という不動産仲介会社がこれに当たります。ディスカウント型は、あくまで「業務係」としての要素が強く、エージェント型とは全く異なります。不動産取引に慣れている方であれば、ディスカウント型を利用するのも良いのではないかと思います。しかし、あまりに日本の業界がディスカウント型に偏っていくと、最終的には日本の不動産取引の方法が、ドイツのようになっていくことも考えられます。ドイツでは、不動産取引の50%以上が、業者を通さず個人間で行われています。つまり「取引の仕組みさえ整っていれば不動産屋はいらない」という考え方なのです。
アメリカの場合は、もともとエージェント型が根付いていて、その後にディスカウント型が出てきました。しかし、日本の場合はいきなりエージェント型とディスカウント型の両方のサービスがスタートしました。ですので、日本でどちらのサービスが主流になっていくのか、今の段階ではまだ分かりません。しかし、ディスカウント型に適しているのはあくまで不動産取引に慣れている方、かつコストを抑えたい方ですので、日本でディスカウント型がメインになり、不動産仲介業がなくなるとは、当面は考えにくいです。
ㅡㅡアメリカの「不動産エージェント」と日本との違いは何でしょうか?
長嶋氏:アメリカでは、「医者、弁護士、不動産エージェントにいい友人がいれば、いい人生が送れる」と言われるほど、優秀な不動産エージェントは職業として信頼されています。
良いエージェントであれば、1人のお客様との付き合いだけで終わらず、そのお客様が自分の子供や親戚を紹介してくれる、ということが起こります。家族ぐるみで何代にもわたってお付き合いをしているというエージェントも、アメリカには少なくありません。またエージェントも、お客様個人との付き合いというより、「一族を支える」という意識を持っています。お客様の利益を最大化させ、その見返りとして仲介手数料を受け取っているのです。
残念なことに、日本の場合はそうではありません。日本の不動産エージェントの場合、必ずしもお客様の利益を考えているとは思えない部分があります。中長期的なお客様の将来を考えるというより、目の前の取引を成立させることのみが目的になってしまっている部分があり、果たして本当にお客様のことを考えているのだろうか、という疑問が残ります。
ㅡㅡアメリカの不動産業者の特徴を教えて下さい
長嶋氏:先日視察に行った、アメリカのJohn L. Scottという不動産会社には、分厚い教育マニュアルが何冊もあり、不動産取引についてはもちろんのこと、マナーや心理学など多くの項目について書かれていました。
会社はこれらの内容を、時間をかけてエージェントにしっかりと教育します。エージェントの教育の質が、全てを決めると言っても過言ではないからです。アメリカでは、「どの会社に頼むか」というより「どの人に頼むか」という考え方が基本です。優秀なエージェントは、会社のものでなく、自分のロゴマークを持っています。
もちろんそこには会社のロゴマークも入るのですが、基本的に彼らは、会社ではなく自分自身の看板を掲げて仕事をしています。そのためアメリカのケーブルテレビでは、不動産会社ではなくエージェント個人のCMが流れています。彼らは、悪い言い方をすれば、会社への忠誠心は全くありません。
プロ野球選手と同じように、ある時はオリックスにいて、ある時は巨人にいる、というようなイメージです。彼らは自分が仕事をしやすい場所を選び、会社側は、彼らがいかに気持ちよくスムーズに仕事ができる環境を整えるかを意識しています。
アメリカの不動産市場では、1970年代頃までは、エージェントのほとんどが男性だったそうです。しかし、不動産取引の仕組みが整ってきて、社会的な認識も変化し、だんだんと女性の比率が高くなっていきました。John L. Scottでは現在、やや女性の方が多いそうです。 アメリカでは情報もオープンですし、仕組みも整っています。そのような環境の中で、不動産エージェントは果たして何で勝負するのか? 重要なのは、お客様の生活をよく知っていること、ヒアリング能力が優れていること、共感力があることなどです。また、高齢のお客様と接するケースもあります。 こうなると求められる資質は、やはり男性よりも女性の方が優れていると考えられます。このような理由から、現在は女性の方が優位な状況になっているのです。
ㅡㅡ日本の不動産業界での課題は何でしょうか
長嶋氏:今後は、日本でも不動産エージェントの“質”が肝になると思います。
これだけ不動産市場が金融商品化されている中で、やはりエージェントの教育は欠かせません。国や各企業がどれだけ優秀なエージェントを集めて教育して、彼らが働きやすい環境を作れるか。これしかないと思います。宅建士のレベルも、上げていくことが必要です。現在は免許の更新は5年に1度、退屈な講義を受けるだけでおしまいです。
不動産がこれだけ多様化・金融商品化し、取引の仕組みも大きく変わろうとしている中、例えば、毎年数十時間の講義を受けないと更新ができないようにするなど、制度を変える必要があると思います。こうしたレベルアップができなければ、やがて「エージェントは不要だ」といった社会認識が醸成されてしまうでしょう。
ㅡㅡヤフーとソニー不動産の「おうちダイレクト」というサービスが始まりましたが、どう評価しますか?
長嶋氏:先ほどお話した今後の日本の不動産業者がフルタイムのエージェント型と、仲介手数料の値引きを行うディスカウント型とに2分化していくと思われる中で、私としてはディスカウント型の方向に進んでいって良いのか? という疑問があります。また、ソニー不動産は当初、売り主と買い主をそれぞれ別の専門のエージェントが担当すると方針を掲げていたはずなのですが、実際は1人がその両方を兼ねるという形になっています。つまり、彼らのサービスは、片手仲介でなく両手仲介になるのではないかという点で疑問が生じます。
その他にも、エージェントの「質」が気になります。サービス開始当初は、ソニー不動産では厳選してエージェントを採用していたのが、現在は100名を超えており、質が維持できているのかが気になります。エージェント制を強く打ち出してはいるが、肝心のエージェントの質が伴わないと、結果的に他の不動産会社とあまり変わらないことになってしまいます。先にアメリカの優秀な不動産エージェントの質が高いことをお話ししましたが、やはりエージェントの質の向上が必須であると思います。ソニー不動産立ち上げの経緯についてはよく知っていますし、中枢にいる方たちは志も高く素晴らしい。日本の人と不動産の関係をよりよくすべく、頑張ってほしいし、応援もしています。
ㅡㅡディスカウント型のサービスへの評価についてお聞かせください
長嶋氏:私はディスカウント型のやり方が主流になり日本の不動産市場を席巻する、ということにはならないと考えています。不動産業に関して格段に進んでいるアメリカでも、いわゆる業者を介さない個人の取引の割合は、全取引のわずか10%程度に過ぎません。ソニー不動産は「おうちダイレクト」で、この10%の部分をやろうとしてのではないでしょうか。
ですので、厳密に言うならば、この取り組みは、彼らが掲げていた「不動産流通革命」ではなく、あくまでも「取引の一部」です。仮にこの手法が、不動産仲介市場を席巻すると、「不動産仲介業者はいらない」というふうになってしまいます。不動産業界の今後の在り方を考えても、そのような状況になってしまうのは、あまり良くはないのではないかと考えています。
ㅡㅡディスカウント型とエージェント型の決定的な違いはどこになると思いますか
長嶋氏:両者が決定的に異なる点は「交渉力」です。不動産取引というのは、交渉のやり方で、金額が数百万円もプラスに、あるいはマイナスになるということがありますし、取引の条件面についても、交渉による差が非常に大きいものです。「不動産取引には慣れていて、交渉の仕方もきちんと心得ている。価格相場や、売り主と買い主の取引の機微も分かっている。その上でコストを抑えたい」という方であれば、ディスカウント型のサービスを使うことは良いと思います。
また、不動産取引に何を求めるかを考慮する必要があります。少し高い手数料を支払ってでも、こちらの要望をしっかりと汲み取ってもらい結果的に高い満足度を得たいのであれば、聞き取り能力やコンサルティング能力、共感する能力に長けたエージェント型のサービスを利用する方が良いでしょう。
ㅡㅡ日本での不動産仲介手数料についてはどうお考えでしょうか
長嶋氏:仲介手数料の上限は、今後見直されていく可能性が高いと思います。500万円や1,000万円の不動産は国内にたくさんありますが、現在の状況では、少し郊外や田舎にある不動産を扱うのが難しいのです。例えば、1,000万円の不動産を扱う時の仲介手数料は約36万円ですが、以前から「(手数料は)7%でも10%でも良いのではないか」と言われていました。今の手数料の体系は、40年ほど前の建設省の告示をいまだに使っているのです。
現在は当時に比べて物価もだいぶ変わり、不動産取引の実情も変化しているにも関わらず、です。今後、仲介手数料の上限そのものへの見直しはあるかもしれません。そもそも、宅建業法というものは「悪いことをする不動産業者を抑え付けよう」という精神が根底にある法律ですので、上限を定めています。しかし、信頼されるエージェント市場を作り、中古住宅を流動化させていきたいのであれば、上限をなくし、自由化しなければダメだと思います。現在のままだと、低額物件を扱うエージェントがいなくなってしまうでしょう。
ㅡㅡ日本の不動産業界では「囲い込み」の問題がありますが、根絶できるのでしょうか
長嶋氏:現在言われているのは、物件の状態を透明化して、売り主が見えるようにするステータス管理です。ただ、これだけでは、囲い込みをゼロにするのは難しいと思います。アメリカでは、囲い込みが発覚した場合に罰金を課していて、州によっては5万ドルもの罰金を支払わなければいけません。さらに、囲い込みが度重なるようであれば、エージェントの免許がはく奪されるという決まりになっています。
日本も、完全に囲い込みをなくすためには、やはり罰則や罰金を設けるしかないと思います。現在日本では、業界団体であるFRK(不動産流通経営協会)の理事長に住友不動産販売のトップが就任し、囲い込み撲滅を呼び掛けています。住友不動産販売でも、社内外に囲い込み撲滅を呼び掛けています。しかし、今はまだ上からの指示にとどまっており、現場レベルでは、営業目標を達成するために行われてしまっている状況ではないでしょうか。両手取引は、結果としてそうなるのであれば、必ずしも悪いことだとは思いません。囲い込みで、契約できる機会をなくしてしまうということが良くないのです。現在の仲介手数料率は、大手の不動産会社だと平均で4%後半~5%台となっているところが多いのですが、今後、手数料率は下がると思います。
こうなると不動産エージェントにとっては、いかにも自分が受け取れる見かけ上の手数料は下がるように思える。これは典型的な「ゲーム理論」ですが、今後、中古住宅市場が透明化されていき、より安全で安心できると世間が認知すれば、現在、推計45万戸だとか50万戸だと言われている不動産流通業が、最終的に200万戸を超えてもおかしくはないと思います。回転が速くなれば、不動産取引の量自体は増えていくのです。そうなれば、多少、手数料率が下がっても全くと言っていいほど問題はないと思います。
(第2回へ続く)
株式会社さくら事務所 取締役会長。 1999年に業界初の個人向け不動産コンサルティング会社である、「不動産の達人 株式会社さくら事務所」を設立。以降、様々な活動を通して“第三者性を堅持した個人向け不動産コンサルタント”第一人者としての地位を築いた。国土交通省・経済産業省などの委員も歴任。
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